#掌編
結局この前の土日に書けなかった話を、平日なのでこの記事(No.53)に少しずつ書いていきます。
(書き上がったらその時点で記事を上げます)
――――――――――――――――――――――――
ヨークランドは晴天の日が多い。
今日も朝からスッキリと晴れ上がっていて、良く見慣れた、吸い込まれそうなほど広い青空を、リュートは上目で眺めていた。
この空のように大らかで、時たま器の大きさを覗かせる青年だが、その顔には珍しく、焦りであるとか、怖れなどの感情が汗となって頬を伝っている。
首から下はすっぽりとカットクロスに包まれて、まるでてるてる坊主のような出で立ちである。
よく日の差す小高い丘の上で、小さく座り心地はやや悪い椅子に腰掛けて、後ろに立って彼の髪の一房(ひとふさ)を取る細い指の感触に、神経を集中させている。
何と言っても、誰でも知ってる雑誌のモデルとして、誌面のみならずリージョン界の若い女性たちの憧れだった彼女である。
華やかな顔立ちに抜群のスタイルを誇る美女だ、リュートはことあるごとに鼻の下を伸ばしているが、身の危険が迫っているとなれば話は別である。
「なあ~、エミリア。俺は別に困ってないからさー、今からでもやめにしない?」
「遠慮なんてすることないわよ。それに、私ね、ずっと気になっていたの。
こんなに伸びっぱなしの髪、あまり手入れはしていなんでしょう。髪の量もすごく多いみたいだし。
梳いて揃えるくらいならできるから、いつもみたいにどーんと構えてなさい」
エミリアは笑う、憂いなどないように笑う、その笑顔はまるでこの日の空のように晴れやかであった。
その手に握られる銀色の鋏もまた、陽光を反射してか、ぎらりとした輝きを見せる。
……どうやら、よく手入れされているようで、錆(さび)のひとつもない様子から、切れ味の良さも推し量れるというもの。
さすがのリュートも知っている。
銃を持って戦いの場に出るときのエミリアは、モデルではなく、一人の戦士だ。
精緻な射撃の腕前には、現役IRPO隊員でさえも舌を巻くが、彼女いわく「そうしないと生きてこられなかったから」磨いたに過ぎないのだという。
しかし、リュートは知っている。
一度戦場を離れれば、ただ明るくて、少し調子に乗った、そのままの彼女に戻ることを。
――その状態のエミリアは、結構抜けたところがあって、そして不器用になってしまうことを、リュートはよく知っていた。
――――――――――――――――――――――――
今日はここまで
(初稿20191203、1216更新)
灯りのひとつもなく、薄い影がいくつも折り重なって出来た真夜中…
灯りのひとつもなく、薄い影がいくつも折り重なって出来た真夜中色の道を、歩いていた。
見上げた空にはあまたの星が、何かしらの合図をしているのか、ちかちかと瞬いている。
彼は星ではなく人間だから、辰星が語らう言葉のことは、何一つ分からない。
だけど、星や太陽が光輝く力の一端を借りて、彼が行く道の先を照らす灯火を作ることはできた。
熱はなく、輪郭もなく、故に曖昧な形の光を先導にして、彼は道なき道を進んでいた。
かつては人が歩き物も運ばれる『道』がここにあったのかもしれない。
そう遠くない昔のこと、彼の記憶にもはっきりと残っているほど近い過去の話、
この地は『街』の形を保っていたが、今となっては何もかも崩れてしまって、
いつ頃から生えてきた草の根の下に埋もれている。
若緑萌ゆる草の根をむしり取って、かつての『国』の姿を取り戻したいのか、
また別の道、異なる何かを目指していくのか、進むべき道はまだ見えない。
天からただ見下ろすだけの星たちは何も言わず、ただ指先を照らす程度の淡い光しか落とさない。
形も分からない影で象られているからか、道かどうかも分からない道を、ブルーはただ歩いていた。
今、天(そら)を見上げれば、こぼれ落ちそうなほどいっぱいの星が、慰めでもしてくれるかのように煌めいているけれど、
彼は自らの術で作りだした灯火だけを見て、歩き続けた。
仮宿にしている家屋を出て、どれくらい経ったのだろうか。
意味も無く、あてもなく、彷徨うように歩き続けるのは、彼のこれまでの人生ではあまりない経験だった。
片割れにそういう趣味があるのかどうか、今のブルーには知る術はない。
ならば、直接聞いてみるのが早いのだろう。
ブルーの一歩先でふわふわと漂っていた灯火が、動きを止める。
そのまた更に一歩先にある影がもぞりと蠢いたのだ。
いくつも重ねられた薄い影の帳(とばり)の何枚かがはがれて丸まって、
またぐねぐねと生き物のようにうねってから、人の形へと収束していく。
それは、ふわりと漂う灯火の傍らに立つ彼と、およそ同じ背丈、同じ容貌を象り、最後に塗られた色彩だけは全く異なっていた。
陰から姿を顕したルージュは、ブルーとはまるで違う色で微笑み、声を掛けた。
「やあ」
「ああ」
ごく短く言葉を交わし、二人で肩を並べて歩き出す。
相変わらず、術で作られた灯火は頼りなさそうにふらつきながら、二人が行く道を先に行き、
ルージュの形を作った影の一部が、そろりそろりと後をついて行っている。
「ここのところの夜は、いつも星が綺麗だね」
「星は、いつでも変わらない。ただそこにあるだけだ」
「じゃあ、いつでも綺麗なんだね」
噛み合っているのかそうでないのかも分からない話を続けながら、ブルーとルージュは歩き続けていく。
二人が歩いた後に、光と影の二色で縁取られた道ができていた。
#掌編
―――――――――――――――――――――――
もう過ぎてしまいましたが、
#いい双子の日
ということで。
(ふんわりした話のつもりで書いたけど、ちょっとホラーっぽい仕上がりだろうか)
見上げた空にはあまたの星が、何かしらの合図をしているのか、ちかちかと瞬いている。
彼は星ではなく人間だから、辰星が語らう言葉のことは、何一つ分からない。
だけど、星や太陽が光輝く力の一端を借りて、彼が行く道の先を照らす灯火を作ることはできた。
熱はなく、輪郭もなく、故に曖昧な形の光を先導にして、彼は道なき道を進んでいた。
かつては人が歩き物も運ばれる『道』がここにあったのかもしれない。
そう遠くない昔のこと、彼の記憶にもはっきりと残っているほど近い過去の話、
この地は『街』の形を保っていたが、今となっては何もかも崩れてしまって、
いつ頃から生えてきた草の根の下に埋もれている。
若緑萌ゆる草の根をむしり取って、かつての『国』の姿を取り戻したいのか、
また別の道、異なる何かを目指していくのか、進むべき道はまだ見えない。
天からただ見下ろすだけの星たちは何も言わず、ただ指先を照らす程度の淡い光しか落とさない。
形も分からない影で象られているからか、道かどうかも分からない道を、ブルーはただ歩いていた。
今、天(そら)を見上げれば、こぼれ落ちそうなほどいっぱいの星が、慰めでもしてくれるかのように煌めいているけれど、
彼は自らの術で作りだした灯火だけを見て、歩き続けた。
仮宿にしている家屋を出て、どれくらい経ったのだろうか。
意味も無く、あてもなく、彷徨うように歩き続けるのは、彼のこれまでの人生ではあまりない経験だった。
片割れにそういう趣味があるのかどうか、今のブルーには知る術はない。
ならば、直接聞いてみるのが早いのだろう。
ブルーの一歩先でふわふわと漂っていた灯火が、動きを止める。
そのまた更に一歩先にある影がもぞりと蠢いたのだ。
いくつも重ねられた薄い影の帳(とばり)の何枚かがはがれて丸まって、
またぐねぐねと生き物のようにうねってから、人の形へと収束していく。
それは、ふわりと漂う灯火の傍らに立つ彼と、およそ同じ背丈、同じ容貌を象り、最後に塗られた色彩だけは全く異なっていた。
陰から姿を顕したルージュは、ブルーとはまるで違う色で微笑み、声を掛けた。
「やあ」
「ああ」
ごく短く言葉を交わし、二人で肩を並べて歩き出す。
相変わらず、術で作られた灯火は頼りなさそうにふらつきながら、二人が行く道を先に行き、
ルージュの形を作った影の一部が、そろりそろりと後をついて行っている。
「ここのところの夜は、いつも星が綺麗だね」
「星は、いつでも変わらない。ただそこにあるだけだ」
「じゃあ、いつでも綺麗なんだね」
噛み合っているのかそうでないのかも分からない話を続けながら、ブルーとルージュは歩き続けていく。
二人が歩いた後に、光と影の二色で縁取られた道ができていた。
#掌編
―――――――――――――――――――――――
もう過ぎてしまいましたが、
#いい双子の日
ということで。
(ふんわりした話のつもりで書いたけど、ちょっとホラーっぽい仕上がりだろうか)
蘇芳、臙脂、それから茜。
蘇芳、臙脂、それから茜。
深い赤色をした五指の葉がはらはらと舞いながら落ちていく様を、
ルージュは、そして向かいの席に座るレッドも、ただ何も言わないで眺めている。
――口の中にモノを入れて、もぐもぐと味わっている最中なので、当然といえば当然であった。
手に持つ白い包子(パオズ)はしっとりと蒸し上げられいて、まだ湯気を立てている。
そのまま持っていても火傷をするほどではないが、かと言って冷めたものを食べてもおいしくはない。
ルージュは肉まんにかじり付いた。
「お前はいいところの育ちだろうから、そんなの食べないと思っていたけど、案外気に入っているんだな」
「箸の扱い方にはまだ慣れていないんだ」
マジックキングダムはフォークやスプーンといったカトラリーを使用する食文化が根付いている。
そのためか、シュライクや京などで使われている箸にはまだ慣れていない。
京は観光産業で経済が成り立っているリージョンである。
京ならでは、ということで、伝統的な京料理を振る舞う店は多いが、意外に人を選ぶものだ。
ルージュのように箸の使い方に不慣れな者は多いし、あっさりとした味わいの京料理では物足りないという味覚の持ち主もいる。
そのような観光客のニーズにも合わせて、イタメシや中華といった他リージョン由来の料理を出す食堂もまた多い。
ルージュとレッドが今いるのは、そういった類の軽食を出す店である。
向かいのレッドが器用に箸を遣い、ラーメンを啜って食べている様子を何となく微妙な気持ちで一瞥してから、
ルージュはまた一口、肉まんをかじる。
ふんわりとしていて、ある程度の弾力があり、噛みしめればほんのりとした甘さも感じられる白い皮、
それを更に食べ進めて行くと、また別の味と食感が飛び出してくる。
醤油で味付けされた挽肉に、細かく刻まれたネギにタケノコが混ぜられた肉餡だ。
肉汁と旨味をたっぷりと含んでいて、なおかつ肉だけでは出せない歯応えもあり、それが柔らかく仕上げられた皮と絶妙に合っていた。
「そういえばさ、ルージュ」
一頻りで麺を食べ終えて、どんぶりを持ってスープを味わっていたレッドが、声を掛ける。
「俺、次はIRPOに行こうと思ってるんだ」
「ああ、いつだかに話してくれた、『敏腕刑事』に会いに行くんだね」
ルミナスで妙に意気投合してからというものの、一行の中では年が近いということもあり、ルージュはレッドとそれなりによく話をしている。
元々快活な性格らしいレッドは、ルージュが何も言わなくても、よく喋った。
喜怒哀楽がはっきりとしていて、己の感情をそのまま口にするレッドのことを、ルージュは少しだけうらやましいと思っている。
「それもあるけど、俺、秘術の資質を取ろうと思う」
ルージュは目をぱちくりと瞬かせて、向かいのレッドの、名前とは裏腹に青い瞳を見つめた。
そこにはいつになく真剣な光が宿っている。
「身体を鍛えて、技をつけてりゃ、ブラッククロスの奴らをぶちのめせると思ってたけど、
この前、奴らと戦った時に、それだけじゃ勝てないと思った」
ルージュはゆるく頷く。ブラッククロスという組織はこのリージョン界にて暗躍する巨大犯罪組織だ。
ルージュ自身の事情には全く関係ない輩だが、レッドにとっては家族の仇であるらしい。
実際、レッドと行動を共にしているからか、ブラッククロスの構成員と戦闘になったことは幾度かある。
相対した面々の中には、明らかに幹部と思われる異形の者もいたが、そういう時に限ってレッドはどこかで伸びていたのか、姿を現さず、
その代わりなのか何なのか、近頃話題となっているらしいアルカイザーというヒーローが加勢してくれていた。
アルカイザーの技の冴えとレッドのそれとは、明らかな差がある。それは武門には疎いルージュでもよく分かる。
レッドがアルカイザーと同等の実力を付けるならば、武道だけではなく、他の力を求めることも必要だろう。
「君と行ったバカラで金のカードはもう持っているし、
ワカツはワカツ出身の人がいなければそもそもシップが飛ばない。
ヨークランドのことは、僕もまだ調べが足りないんだ。ここのところ、荒事が多かったから。
君の知り合いがいるIRPOに行くのは、悪くないね」
「そうだろ? そうとなったら、善は急げだ。食べ終わったら出発な」
「分かったよ」
ルージュはまた一口と肉まんを齧り、レッドも最後の一滴までスープを飲み干そうとどんぶりを傾ける。
ああ、これでやっと事が進みそうだ。
肉まんを食べ終え、ルージュは胸に手を当てる。
そこには、金貨の描かれたカードと、まだ何の絵柄も浮かび上がっていない白い3枚のカードを忍ばせていた。
(了)
#掌編
――――――――――――――――――――
リージョン界に中華料理があるのかというツッコミが入りそうですが、
イタリアという国がないのにイタメシ屋があるし、なんならキドニーパイだって食べられているので、
現実世界にある料理は大概あるものという前提で書いています。
深い赤色をした五指の葉がはらはらと舞いながら落ちていく様を、
ルージュは、そして向かいの席に座るレッドも、ただ何も言わないで眺めている。
――口の中にモノを入れて、もぐもぐと味わっている最中なので、当然といえば当然であった。
手に持つ白い包子(パオズ)はしっとりと蒸し上げられいて、まだ湯気を立てている。
そのまま持っていても火傷をするほどではないが、かと言って冷めたものを食べてもおいしくはない。
ルージュは肉まんにかじり付いた。
「お前はいいところの育ちだろうから、そんなの食べないと思っていたけど、案外気に入っているんだな」
「箸の扱い方にはまだ慣れていないんだ」
マジックキングダムはフォークやスプーンといったカトラリーを使用する食文化が根付いている。
そのためか、シュライクや京などで使われている箸にはまだ慣れていない。
京は観光産業で経済が成り立っているリージョンである。
京ならでは、ということで、伝統的な京料理を振る舞う店は多いが、意外に人を選ぶものだ。
ルージュのように箸の使い方に不慣れな者は多いし、あっさりとした味わいの京料理では物足りないという味覚の持ち主もいる。
そのような観光客のニーズにも合わせて、イタメシや中華といった他リージョン由来の料理を出す食堂もまた多い。
ルージュとレッドが今いるのは、そういった類の軽食を出す店である。
向かいのレッドが器用に箸を遣い、ラーメンを啜って食べている様子を何となく微妙な気持ちで一瞥してから、
ルージュはまた一口、肉まんをかじる。
ふんわりとしていて、ある程度の弾力があり、噛みしめればほんのりとした甘さも感じられる白い皮、
それを更に食べ進めて行くと、また別の味と食感が飛び出してくる。
醤油で味付けされた挽肉に、細かく刻まれたネギにタケノコが混ぜられた肉餡だ。
肉汁と旨味をたっぷりと含んでいて、なおかつ肉だけでは出せない歯応えもあり、それが柔らかく仕上げられた皮と絶妙に合っていた。
「そういえばさ、ルージュ」
一頻りで麺を食べ終えて、どんぶりを持ってスープを味わっていたレッドが、声を掛ける。
「俺、次はIRPOに行こうと思ってるんだ」
「ああ、いつだかに話してくれた、『敏腕刑事』に会いに行くんだね」
ルミナスで妙に意気投合してからというものの、一行の中では年が近いということもあり、ルージュはレッドとそれなりによく話をしている。
元々快活な性格らしいレッドは、ルージュが何も言わなくても、よく喋った。
喜怒哀楽がはっきりとしていて、己の感情をそのまま口にするレッドのことを、ルージュは少しだけうらやましいと思っている。
「それもあるけど、俺、秘術の資質を取ろうと思う」
ルージュは目をぱちくりと瞬かせて、向かいのレッドの、名前とは裏腹に青い瞳を見つめた。
そこにはいつになく真剣な光が宿っている。
「身体を鍛えて、技をつけてりゃ、ブラッククロスの奴らをぶちのめせると思ってたけど、
この前、奴らと戦った時に、それだけじゃ勝てないと思った」
ルージュはゆるく頷く。ブラッククロスという組織はこのリージョン界にて暗躍する巨大犯罪組織だ。
ルージュ自身の事情には全く関係ない輩だが、レッドにとっては家族の仇であるらしい。
実際、レッドと行動を共にしているからか、ブラッククロスの構成員と戦闘になったことは幾度かある。
相対した面々の中には、明らかに幹部と思われる異形の者もいたが、そういう時に限ってレッドはどこかで伸びていたのか、姿を現さず、
その代わりなのか何なのか、近頃話題となっているらしいアルカイザーというヒーローが加勢してくれていた。
アルカイザーの技の冴えとレッドのそれとは、明らかな差がある。それは武門には疎いルージュでもよく分かる。
レッドがアルカイザーと同等の実力を付けるならば、武道だけではなく、他の力を求めることも必要だろう。
「君と行ったバカラで金のカードはもう持っているし、
ワカツはワカツ出身の人がいなければそもそもシップが飛ばない。
ヨークランドのことは、僕もまだ調べが足りないんだ。ここのところ、荒事が多かったから。
君の知り合いがいるIRPOに行くのは、悪くないね」
「そうだろ? そうとなったら、善は急げだ。食べ終わったら出発な」
「分かったよ」
ルージュはまた一口と肉まんを齧り、レッドも最後の一滴までスープを飲み干そうとどんぶりを傾ける。
ああ、これでやっと事が進みそうだ。
肉まんを食べ終え、ルージュは胸に手を当てる。
そこには、金貨の描かれたカードと、まだ何の絵柄も浮かび上がっていない白い3枚のカードを忍ばせていた。
(了)
#掌編
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リージョン界に中華料理があるのかというツッコミが入りそうですが、
イタリアという国がないのにイタメシ屋があるし、なんならキドニーパイだって食べられているので、
現実世界にある料理は大概あるものという前提で書いています。
術力が尽き、ついでに体力も失って倒れたのであれば、それは己の…
術力が尽き、ついでに体力も失って倒れたのであれば、それは己の力量を見誤ったということであり、
つまりは自業自得のことなので、いくら使命があろうが切望しているものがあろうが、野垂れ死んでも仕方の無いところ、
宿屋に担ぎ込まれて看病をされるあたり、旅の仲間という人種は大概お人好しであるらしい。
それはブルーにとって幸運であることには違いない。
どことなくくたびれたシーツの上に身を起こし、あまり肌触りのよくない寝間着に包まれて、
しばらく寝ていたためか、軽く癖のついた頭髪を整えながら、ブルーはベッドのすぐ脇に座る女の指先を見ていた。
しょりしょりしょり、しょりしょりしょり、と、小人が囁くような音を立てて、リンゴの皮が剥かれていく。
林檎の赤い表皮が剥がれて、果汁をたっぷりとにじませた、人肌よりも白い実があらわれる。
ペティナイフを握る女の手指の皮は厚い。長年体術を嗜んでいるとの話で、男に負けず劣らずの腕力があるが、
同時に器用でもあるようだ。少なくとも、リンゴの皮むきができるくらいには。
いびつな丸が六等分されて、まとわりついていた赤い果皮は今やゴミ箱の中だ。
「はい、どうぞ、食べてちょうだい。
あなたが治らなくちゃ、ウチは立ち行かないことが多いんだから、早く良くなってね」
リンゴの載った小さな皿を押しつけられたので、ブルーは渋々と両手で受け取る。
その様子を見て、どうやら溜飲を下げたらしい。ライザは満足げに、幾度も頷いたのだった。
一方のブルーは、じっと皿を、そしてその上に盛られたリンゴを見つめる。
元は赤かったものだが、今は赤くない。
そして、リンゴの栄養価は高い。甘くて口当たりがいい。病み上がりにはそこそこ適している食べ物だ。
『一日一個のリンゴは医者を遠ざける』とはどこのことわざだっただろうか。
少しだけ眉間に皺を寄せて、ブルーはリンゴを口にする。
一口分を前歯で噛みきり、臼歯でしゃくしゃくと砕いてやれば、酸味の少ない甘い果汁が舌先に頬裏にと広がっていく。
少なくとも安物ではないらしい。一個目を早々に食べ終えて、二個目に手を伸ばす。体力を戻すためとか言い聞かせながら。
「あら、ライザ。ここにいたの」
「どうしたの、アニー」
広くはない室内の出入り口から、また旅仲間の一人が姿をあらわした。
横に座るライザとは知り合いらしいが、委細については知らない(し、ブルーは興味も無い)。
「そこのお兄さんが治ってくれなきゃ出発できないんでしょ?
だから、景気づけに店からくすねてきたのよ」
アニーの右手には、深い緑色のワインボトル。中にはもっと深い……紫色とか黒などに見える液体が揺らめいている。
あれが、透明なグラスに注がれたらどんな色になるか、ブルーは知っている。
つまりは、赤ワインである。
「……あなたが飲みたいだけじゃないの?」
「まあ、ね。たまにはいいでしょ」
赤ワインには抗酸化作用があるとか長生きするとかそういう説が流布しているが、疲労に効くとか聞いたことがない。
そもそも、病み上がりの景気づけに酒を飲むなど言語道断ではないか。
またいつの間にか持たされていたグラスに、赤い液体が注がれていく。
逃げ場がない、わけではないし、ここで何かしらの理由を付けて女二人を追い出すこともできるだろうが、
とりあえず、血とはまた違う色の赤い液体がグラスの中で波打つ様を、眺めていた。
いくら憎く思おうが、この色から逃れられずはずはなく、逃げるつもりもない。
(了?)
#掌編
―――――――――――――――――
思いついた話の一発書き。リンゴくいたいワインのみたい。ボジョレヌーボー解禁したけどまだ飲んでません。
一発書きなので特にオチはない。
ここからは戯れ言というかずっと前から思いついている思いつきを初めてこうやって書き残すわけですが、
ブルー編で仲間になる人たち一人一人とブルーの掌編を書いていきたいなと思ってまして、その試作品的な話でした。
(サイトに置いてる「輪郭」もそういうコンセプトで書いたけど、少し長くなってしまった)
今回はライザとアニーです。あまり女子とブルーの話を書いていなかったな。
これまであまり書いたことのないライザさんとアニーさんに出演していただきました。
正直なところ私は物凄く雑食で、年々ストライクゾーンが広がっているので、
趣向傾向に限らずどんな組み合わせもおいしくいただきますバリモググシャア。
ここではこれからこういう作品も書いていこうかと思っているところ。
しかし、アニーが酒飲みみたいになったな……本当に物事が膠着状態に陥ったら刺激を求めるようなイメージがある。
生存本能が研ぎ澄まされている、とのことなのでむしろ膠着状態でも慎重そうではあるんですが>アニー
ライザさんは私の中では女子力高いです、というか実際高いと思う。
グラディウス組はイタメシ屋拠点だからみんな料理できるし酒も呑む、ただし自分を見失うことは絶対にない、的な。
楽しんで飲むことは積極的にするだろうなー(という今回の言い訳)。
つまりは自業自得のことなので、いくら使命があろうが切望しているものがあろうが、野垂れ死んでも仕方の無いところ、
宿屋に担ぎ込まれて看病をされるあたり、旅の仲間という人種は大概お人好しであるらしい。
それはブルーにとって幸運であることには違いない。
どことなくくたびれたシーツの上に身を起こし、あまり肌触りのよくない寝間着に包まれて、
しばらく寝ていたためか、軽く癖のついた頭髪を整えながら、ブルーはベッドのすぐ脇に座る女の指先を見ていた。
しょりしょりしょり、しょりしょりしょり、と、小人が囁くような音を立てて、リンゴの皮が剥かれていく。
林檎の赤い表皮が剥がれて、果汁をたっぷりとにじませた、人肌よりも白い実があらわれる。
ペティナイフを握る女の手指の皮は厚い。長年体術を嗜んでいるとの話で、男に負けず劣らずの腕力があるが、
同時に器用でもあるようだ。少なくとも、リンゴの皮むきができるくらいには。
いびつな丸が六等分されて、まとわりついていた赤い果皮は今やゴミ箱の中だ。
「はい、どうぞ、食べてちょうだい。
あなたが治らなくちゃ、ウチは立ち行かないことが多いんだから、早く良くなってね」
リンゴの載った小さな皿を押しつけられたので、ブルーは渋々と両手で受け取る。
その様子を見て、どうやら溜飲を下げたらしい。ライザは満足げに、幾度も頷いたのだった。
一方のブルーは、じっと皿を、そしてその上に盛られたリンゴを見つめる。
元は赤かったものだが、今は赤くない。
そして、リンゴの栄養価は高い。甘くて口当たりがいい。病み上がりにはそこそこ適している食べ物だ。
『一日一個のリンゴは医者を遠ざける』とはどこのことわざだっただろうか。
少しだけ眉間に皺を寄せて、ブルーはリンゴを口にする。
一口分を前歯で噛みきり、臼歯でしゃくしゃくと砕いてやれば、酸味の少ない甘い果汁が舌先に頬裏にと広がっていく。
少なくとも安物ではないらしい。一個目を早々に食べ終えて、二個目に手を伸ばす。体力を戻すためとか言い聞かせながら。
「あら、ライザ。ここにいたの」
「どうしたの、アニー」
広くはない室内の出入り口から、また旅仲間の一人が姿をあらわした。
横に座るライザとは知り合いらしいが、委細については知らない(し、ブルーは興味も無い)。
「そこのお兄さんが治ってくれなきゃ出発できないんでしょ?
だから、景気づけに店からくすねてきたのよ」
アニーの右手には、深い緑色のワインボトル。中にはもっと深い……紫色とか黒などに見える液体が揺らめいている。
あれが、透明なグラスに注がれたらどんな色になるか、ブルーは知っている。
つまりは、赤ワインである。
「……あなたが飲みたいだけじゃないの?」
「まあ、ね。たまにはいいでしょ」
赤ワインには抗酸化作用があるとか長生きするとかそういう説が流布しているが、疲労に効くとか聞いたことがない。
そもそも、病み上がりの景気づけに酒を飲むなど言語道断ではないか。
またいつの間にか持たされていたグラスに、赤い液体が注がれていく。
逃げ場がない、わけではないし、ここで何かしらの理由を付けて女二人を追い出すこともできるだろうが、
とりあえず、血とはまた違う色の赤い液体がグラスの中で波打つ様を、眺めていた。
いくら憎く思おうが、この色から逃れられずはずはなく、逃げるつもりもない。
(了?)
#掌編
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思いついた話の一発書き。リンゴくいたいワインのみたい。ボジョレヌーボー解禁したけどまだ飲んでません。
一発書きなので特にオチはない。
ここからは戯れ言というかずっと前から思いついている思いつきを初めてこうやって書き残すわけですが、
ブルー編で仲間になる人たち一人一人とブルーの掌編を書いていきたいなと思ってまして、その試作品的な話でした。
(サイトに置いてる「輪郭」もそういうコンセプトで書いたけど、少し長くなってしまった)
今回はライザとアニーです。あまり女子とブルーの話を書いていなかったな。
これまであまり書いたことのないライザさんとアニーさんに出演していただきました。
正直なところ私は物凄く雑食で、年々ストライクゾーンが広がっているので、
趣向傾向に限らずどんな組み合わせもおいしくいただきますバリモググシャア。
ここではこれからこういう作品も書いていこうかと思っているところ。
しかし、アニーが酒飲みみたいになったな……本当に物事が膠着状態に陥ったら刺激を求めるようなイメージがある。
生存本能が研ぎ澄まされている、とのことなのでむしろ膠着状態でも慎重そうではあるんですが>アニー
ライザさんは私の中では女子力高いです、というか実際高いと思う。
グラディウス組はイタメシ屋拠点だからみんな料理できるし酒も呑む、ただし自分を見失うことは絶対にない、的な。
楽しんで飲むことは積極的にするだろうなー(という今回の言い訳)。