Foever


(※改題及び句読点等の修正はしていますが、それ以外は制作当時そのままの内容です)



穏やかな日々が続いている。
さほど変化の無い日々。あるとすれば、日々の細やかな変化。
ゆっくりと、静かに、気づいたときにやってくる四季の変化。それらに目を配る毎日。
穏やか過ぎて、平和すぎて、暇だと思ったことも無くもない。
でもその頃はそんなことを感じさせない程、周りは幸せに包まれていた。



穏やかな日々が続いていた。
出来ればずっと、続いて欲しいと願っていた。






「おじちゃーん、はやく!」

少女が、風にも負けない速さで走っている。
風は少女と競争しているかのように、勢いよく、またある時は少女を癒すかのように、表情を変えながら抜けていく。
少女にきている水色のワンピースが、風に合わせてゆれる。少しだけ、伸ばした艶やかな髪も、風のふく方向に沿ってなびく。

「待てよ、エル…………はぁ、はあ…………」

少女がその場についたそのあとに、男が息を切らしながら走ってくる。年は20代後半なのだろうが、
それより少し若く見えなくも無い。だが、子供が息を切らさない距離で、大の男が息を切らしながら走ってくると言うのは、はっきり言って情けない。
少し大きめのカゴを持って走っていたのだが、それも大した重量ではないだろう。

「ほら、見てラグナおじちゃん、お花がこんなにあるの」

赤、桃色、桜色、黄色、紫、橙・・・様々な色を少女の目に見せる花。それに応えるかのように、少女は大きな瞳を一層輝かせる。
女の子と言うこと、少女の街が花に囲まれた街ということもあり、この少女、エルオーネは花が大好きだ。
高揚した声で話すエルオーネの喜びは、たとえ声でなくとも、ラグナに通じていた。普段とは格別の笑顔を見れば一目瞭然だ。
彼女にとってここにいることが極上の幸せなのだろう。エルオーネは踊ったり、飛び跳ねたり、歌ったり、
自分が出来ることのすべてを使って、全身で喜びを表していた。

「きれいだよね。いいにおいだよね。私、ここ大好きなの!!
秘密の場所だからね?ここ教えたの、ラグナおじちゃんがはじめてなんだよ!大人のひとでは」

また高揚した声で話し、踊る。それにあわせて水色のワンピースも舞う。
こう見ていると、エルオーネも風に揺れている小さな花のように見えてくる。
他の花と違うのは、色。青系の花がないこの花畑で、エルオーネのそばにある花々は、どれも彼女を引き立てているように見えた。
あいつもここに来させたら、今のエルと同じように見えるんだろうな、少なくとも、オレには。
もう一人の大切な人のことを思う。

「綺麗だな…………、本当に…………」

いつの間にか腰をおろし、喜びを歌い、舞うエルオーネを見ていて、ラグナはつぶやくように言う。思いを飛ばして。
前に思いを寄せていた女性は、綺麗だった。引き立てもいらず、ただそれだけで綺麗な女性。
それゆえ、少し孤独な部分もある人だった。悩みを持つ、普通の女性だった。
もし自分があの時無事で、いつも通り任務を終えて、デリングシティに戻っていたのなら、
その時の今、自分はこうやって、その女性のことを思っていたのだろうか。
そこに比べたら、ここは辺境で、ここの生活は素朴だ。でも、悪くない。
無駄にライトを当てた場所よりも、日の光に任せ、暮らしていく場所のほうがいいと思うことも少なくない。
風の噂によると、思いを寄せていたその女性も、もう他の人と一緒になってしまったらしい。
別に恨むことはない。大切なのは過去にいつまでも浸りつづけることではなく、現在に目を向けることなのだから。
そして、今の自分はいつまでも居つづけたいと思うほどの幸せに囲まれているのだから。
虚空にやった視線をエルオーネに戻し、彼は再確認をする。

「エル、ここの花を摘むのか」

疲れた様子も見せず踊りつづけているエルオーネは、その言葉を聞いた瞬間、思い出し、焦ってラグナの方に向かう。

「忘れてた!!おじちゃん、こっちに来て!!」
「なんだよ、まだなにかあるのかぁ?」

幼い小さな手に引かれるがまま、ラグナは見たことのない道を行く。
森。雑草が多く、道と言う道がないところもあり、普通のオトナなら敬遠したいような場所だが、
そこはラグナの人柄と、エルオーネの頼みということで、二人は道を奥に奥にと進んでいく。

「ここよ、ここに連れてくるのは、おじちゃんが初めてなの」

森の、少し開けた場所にあったのは、夕日の空に映る紅の色を、そのまま切り取ったような花びらを持つ薔薇だった。

「前ね、この森を冒険したときに見つけたの。とってもきれーで、誰にも見せたくなかったんだけどね」
「じゃあ何でオレなんか連れて来たんだ?カゴまで持ってきて」

目を丸くして聞くラグナに、幼い少女は、半ばおかしい様子で、そして半ば起こった様子で彼に言う。

「やっぱり忘れているのね。ラグナおじちゃんのことだからしょうがないとおもったけど」
「なんなんだよ、エル?」

本気で訳が分らなくなっているラグナに、エルオーネは今度は本当に怒って、そのことを告げた。

「朝も分っていなかったでしょ!今日はレインの誕生日でしょ?!」
「……ああ、そのことか…………、分っていたよ」
「うそつけ!!」

気が抜けた口調で言うラグナに、エルオーネは頬を膨らませて更に怒る。
本当に忘れていたわけじゃない。むしろ、何日も前からこの日のことを考えていた。
考えすぎていて、そのことを考えることが自然になっていて、
エルオーネが特別扱いすることの意味、そのことに気づかなかった。

「じゃあ、その薔薇を切って誕生日プレゼントにするのか。きっとレイン、喜ぶぞ〜」
「でしょ!?ラグナおじちゃんもそういうなら絶対喜ぶよね!よし、切ろう!」
「おい、エルが切るのか?あ、ナイフまで!エル、お前どこからそんなの持ってきたんだよ、あぶねえなあ」
「じゃあ、ラグナおじちゃんが切って。いっぱいね」
「花束にするんだったら、まわりに他の花を飾ったほうがいいな」
「そうなの?」

…………いや、彼女も、この少女も、きっと、「引き立て」がなくとも美しいだろう。
かつて、自分が思いを寄せた女性のように。
それに、他のものなら彼自身が用意している。

「…………やっぱ、その薔薇だけにしよう、な?」
「うん!じゃあ、おじちゃん切って!」
「危ないぞ、エル、離れていろよ」


食卓に飾られた、夕緋色の薔薇。
彼女はそれをとても喜んだ。彼女の好きな色は何色かは分らないが、美しい色であったし、それが例え彼女が好む色でなくとも、彼女はそれを喜んだだろう。
愛するものたちからの、自分のために贈られたものなのだから。

「薔薇、ありがとう。とても綺麗だわ。ところで、話って、なんなの?」

藍色に染まった空。柔らかく煌めく星。
後ろに回した彼の両手にあるのは、銀に輝く対の指輪。
夕緋色の薔薇とは対照的な色だけれど、夜の世界に、何よりも美しい光で輝くもの。



続いていた平穏な日々。
「平穏」という言葉が、「幸福」という言葉にも変えられた、そんな日々。
忘れることのない思い出。
過ぎ去ってしまったけれど、何よりも大切な日々だったけれど、時の流れを憎むことはない。
何よりも大切なものだから、そっと、心の中にしまっておこうと思う。
思い出を懐かしむかのように、輝きを鈍らせず、今もなお輝く銀の光。
色あせることのない、幸福の光。
平穏な日々の象徴の、夕緋色。希望を明日へと運ぶ色。
この二つが胸のうちにある。消えることはないだろう。だから。
あなたとの思いでも消えることはなく、ずっと輝きつづけるだろう。自分は、この光と、貴方が残した希望を見続けるだろう。だから。
だから貴方も、この光を明かりにして、見つづけて。自分が生んだ次の希望を。
藍の空、墓標に輝く、銀の光。左の指に輝く同じ色の光。
あの日と同じ、柔らかく煌めく星空の中。
あの日と同じく、二つの銀の光は、夜の空間をいつまでも照らしつづけていた。



    
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